東京の人口爆発と総武線、近代の総武線の姿
総武線の沿革の背景には、東京の人口爆発が、
大きな影響を持っています。
逆に総武線がどんどん便利になっていく事から、
どんどん沿線の人口が増えてきたという見方もできるでしょう。
総武快速線に乗ると分かりますが、
東京駅が、何故か地下ホームにありますね。
これは、1972年に開通した、東京駅の地下ホームです。
これは国鉄(当時)にしては初めての、
大規模な地下路線となったのです。
この東京地下駅の登場によって、
横須賀線との直通運転が実現しました。
さらに、1969年には、営団地下鉄(当時)の、
東西線が西船橋~津田沼間に乗り入れて、
総武緩行線の負担を大きく軽減してくれるようになります。
現在でも、西船橋~津田沼間は、
実に3本もの路線が総武線を走るのですが、
それでも通勤時間帯はラッシュになってしまいます。
総武線は1978年にまた新しい姿を見せました。
それが、成田空港の開港にあるのです。
成田空港は成田線の駅なのですが、
総武快速線は成田空港まで乗り入る運行がかなり多くあるのです。
また1991年に、成田空港へは成田エクスプレスが運行を始めます。
総武線には、特急列車も多く走っている姿を見ることができますが、
成田エクスプレスの運行も多いですよね。
総武線は、成田空港アクセス路線としての姿もあるのです。
